講演:「旅の専門家から見た京都」
高 橋

 しかし,これだけたくさんの観光客がお越しになられるような環境になってきますと,大変です。今,4700万人の観光客が京都にお越しになるということです。特に11月の京都はすごいですよね。僕も子供が小さい時に十三参りに嵐山に車で行こうと思ったら,もう全然動かなくて大変でした。あと4月の桜の時期も大変ですよね。ですから京都は「夏の旅」とか「冬の旅」とかオフ期のための対策もなさってますし,また12月は嵐山や嵯峨野で「花灯路」をなさる。また3月の「冬の旅」が終わって桜の時期の間には東山界隈で「花灯路」をされてオフシーズンに観光客の分散化を図ろうという努力もされていらっしゃいます。私は,京都の今後の観光のあり方を考える時に,車の乗り入れ規制を含めた,歩くということを基本に考えたものを,京都の旅の基本ということに,市民の皆さん方を含めて進めていかれるのがいいと思います。例えば,先ほどの説明で,白地図を持って上から下までずっと歩くというのをやりましたけれども,どうでしたか。こういうふうに観光地を歩いてみるというのは楽しいことなんですよね。

 今年,長崎で「さるく博」というイベントをやっています。行かれた方ありますか?「さるく」というのは長崎弁で歩くという意味がある。歩くための博覧会なんですね。博覧会というとパビリオンが並ぶというイメージなんですが,これは市民の皆さん方が中心になって歩くためのコースを200コースぐらい作られたんですよ。コーディネートされるプロの茶谷さんていう方がいらっしゃって,この方を中心に市民の皆さん97人がプロデューサーになって色々なコースを作っていくということをなさったんです。私が行ってみて驚きましたのは,なるほど市民の皆さんが作るとこうなるのか。旅行会社のような旅の専門家が作るとこれはできないなっていうように感心したことがあります。私が参加したコースは「爆心地を歩く」というコースだったんです。長崎の平和記念公園,御存知でいらっしゃいますよね。あの辺の周辺のところで歩いて回ってみるのかなと思っていたんですが,ボランティアガイドの方がいらっしゃって,2キロ・2時間というコースだったんです。参加させていただいて驚きました。爆心地を歩いた後で連れていっていただいたのが白山墓地というお墓だったんですよ。皆さん,お住まいのところで,御先祖さん祀ってあるお墓に観光客を連れて行くってどう思われます?あまり好ましい話だとは思われませんよね。特にそれが旅行代理店が主催しているようなのを見ると「先祖を商売の種にするんじゃない」というように怒りがこみ上げてくるかもしれない。でも,私がそのお墓の中に入って驚いたのは,昭和二十年八月九日没という文字がずらーっと並んでいることなんですよ。確かに長崎に原爆落ちたのはその日だということは知ってます。でも,昭和二十年八月九日没という文字があれだけ並んでいると胸に突き刺さるものがある,また印象が全然違うなと思いました。たぶん市民プロデューサーの皆さん方がそのお墓を持っている方のところへ了解取りに行ったんでしょうね。そういうことがあってこそ,私たち外に住んでる人間が長崎の原爆ということに対して深く考えるきっかけを与えてもらったと感じました。そのお墓の上には十字架がありました。「そうか,浦上地区というのはキリシタンの町だったな。きっといろんな迫害もありながら,そしてキリスト教を信仰してらっしゃる方として軍隊に入られて、いろんなことがあったんじゃないか」とか,様々な想像が掻き立てられまして,あそこの墓地に御案内いただいたことで,本当に原爆に対する印象とか思いというのが全く変わってしまいました。それから,爆心地200メートル以内で唯一生き残った小学生がいらっしゃったそうなんです。その方は現在でも千葉で御存命ですが,その小学生が隠れていた防空壕を掘り返してみようということになったそうで,そこにも御案内いただいたんです。家が立ち並んでる路地を入ったところにありまして,15人から20人ぐらいですけれども,こんな観光で来てる人間が,日常生活の中に入り込んでいいのだろうかと思ったんです。その掘り返されたところも私営の駐車場の中に入っていかないと見えない。たぶんそこの駐車場を経営されてらっしゃる方の了解を得たんだと思います。拝見させていただくと,掘り返した後ということで,茶碗だとかお箸のかけらだとかが散乱している様子も拝見させていただくことができました。ここに唯一の生存者がいたんだよ,そういうことを,市民の皆さんが納得された上で観光客に見ていただく。日常の生活の場の中に観光客が入ってくるということも全て認めながらやってるということに,私は非常に感激しました。

 たぶん今後の京都というのは,そういうようなことがあってもいいんじゃないかと思うんです。観光というものは非常に裾野の広いものであるし,先ほど申し上げた自分が光だと,宝だと思ってることを他所の人たちに示すことが観光の観の字の意味合いだとすれば,市民の皆さん方がここに住んでらっしゃる誇りと思ってらっしゃるようなものを見せていただくことが,ほんまものなんでしょうね。そうなってくると,先ほど言ったような演出された本物ではなく市民の皆さん方が,これを知ってもらうことが本当に京都にとって必要なんだよ,ということにつながっていく可能性があるんじゃないかなというように思います。で,こんなことが,車で乗り付けて見えますでしょうか?バスで乗り付けてできるでしょうか? それから考えると,やはり今後の京都の観光は歩くことを基本に置きながら市民の皆さん方がどうあるべきかということをお考えいただいて,自らの誇りというものを観光客の皆さん方に示していただく。そういうことが必要なんじゃないかなと思います。

 面白いコースがありまして,長野県飯田市なんですが,今までそこは通過地だったそうなんです。松本,長野に抜ける通過地。南信州観光公社という地元の誇りを皆さん方に見てもらうための地元のためだけの旅行会社が5年前にできあがったんですね。一番良く受け入れてらっしゃるのは関西の修学旅行の皆さん方で,農家民泊できるようになってるんです。当然,茶色い頭の生徒とかいるでしょう。そういう生徒も3人,4人と泊めるわけですけど,最初はおじいちゃんが迎えにいって驚いたそうです。家に連れて帰ると,またおばあちゃんが腰を抜かさんばかりに驚いたそうです。ただ,話してみたら中学生,かわいいもんだねって。農家の方は懐が深いんですよね。今日食べるものは裏の畑からとってきたもので作るぞというと,ゴボウ抜いてきたりトマトとってきたりして一緒に作るわけです。朝,ちゃぶ台に白い湯気が立つ御飯を置く。日常的に朝御飯を食べたていない中学生が今,40%ぐらいいるそうですが,それを見るだけで感激するんだそうです。そういうようなことを中心にやっていらっしゃるんですが,一番人気のあるコース,修学旅行じゃなくて私たち一般人が行って一番人気のあるコースというのに去年の11月に参加してきました。和菓子屋探訪の旅,なんですね。私以外は5人の方が50歳から60歳ぐらいの女性の方でいらっしゃいました。で,ボランティアガイドの方が案内してくれるんです。「このリンゴ並木はね」とか,「戦後,大火があって」なんて言って案内していく中で,和菓子屋さんを3軒まわって行くんです。一番最初に連れて行ってくれたところは栗きんとんのおいしいところで,栗きんとん一つとお茶を出してくれるんです。それを食べておいしいなと思ってると,一緒にいました御婦人方が5,6箱ずつお土産に買って帰るんですね。お店の人に聞いてみますと,「いや,今までね,観光客は商売相手じゃないと思ってました」と,おっしゃる。地元の人たちを商売相手に考えていたけども,こういうようなコースを作ってくれるようになって,観光客の皆さんも私たちの商売相手だなと思うようになりました,とおっしゃったんです。やっぱり観光というのはちょっと工夫を加えるだけでそういうような裾野が広がるんだなって思いました。2軒目に行ったところは創作和菓子でした。お店の人は,「こうやって自分たちの作ったものがまちの人たちから,他所の人たちからきれいだとかおいしいと言ってもらえるのは,自分たちにとって励みになる」と言うんですね。3軒目に連れて行っていただいたところは,80年饅頭一筋,一種類だけの饅頭を作ってらっしゃるんですね。冠婚葬祭での利用を中心に作っていらっしゃったんですが,観光客がばら売りしてくれないかということで,少数でもばら売りするようになったそうです。観光客にもよく買っていただけるようになりましたよ,ということでした。こういうようなことを,今後の京都の観光の中に生かしていくことはできないのかな,と思います。市民の皆さん方がちょっと工夫をして,また,今まで観光とは縁がないよと思ってらっしゃった方もいらっしゃると思うんですが,ちょっとした工夫で何らかの経済的なつながりというのを持っていくことができるんじゃないかと思うんですね。こうした歩く観光が京都観光の中心になってくると、どういうようなことができるのか。車の乗り入れ規制やりましょうと言ったっら,いいことじゃないかとなるかもしれませんよね。車の乗り入れは利害関係があるから大変だと思います。

 今年の4月に,奈良県の吉野で交通対策業務をやりました。奈良の吉野というのは一番長い時には20キロも渋滞するようなところです。昨年,調査しますと大型バスが40%ぐらいあるもんですから,それがボトルネックになってる。そこで,予約制にしてバス集中の時間を分散していこうと提案しました。大型の車が流れるようになったら,今までのパークアンドライド用の駐車場を倍にして4箇所に設置して流れを作ろうというような御提案をさせていただきました。実際の結果から申しますと渋滞がゼロになった。吉野の警察署の交通担当の方から「感謝状やろうか」と言われたんですけれども,本当に20キロがゼロになったんですね。昨年は,吉野川から下千本の駐車場まで最大3時間かかってたものが,平均8分でいけるようになったんです。バスのガイドさんとか添乗員さんが言ってました。「お客さん,いいですか,ここから3時間かかりますから,絶対にこの道の駅でトイレ行って来てくださいよ。そういってきたのに,すっと登れたんで拍子抜けしちゃいました」と言ってました。そこまで徹底的に交通渋滞がなくなった。でも,それまで大変でした。というのは運営するためにお金が必要だから運営協力金を一人当たり平均200円取ろうということになった。乗用車の場合は500円。貸切バスの場合は7000円。ピークの時は1万2000円頂こうと。この時に,色々地元の皆さん方からクレームが出ました。「お金取るようになって,お客が来んようなったら,JTBちゃんと責任取るんか!」とかって言われるんです。しかし,そういうことも乗り越えてそれでもやろうということになった。結局観光客の数も減りませんでした。バスの台数も減りませんでした。良かったなということにはなっていますが,そういう利害関係みたいなものが,車の流れが変わるだけでできあがってしまうんです。日光にいろは坂があるでしょう。あそこも秋は大変です。「何とかしませんか」と栃木県の方に言いに行きました。そしたら「いや,やらなきゃいけないことは分かってる。でも地元の御土産物屋さんからクレームが出るんです。渋滞で疲れたら,山登りきったところで休憩してくれるからいいんだというんですよ。」これが利害関係。でもそれって持続可能でしょうか?違いますよね。今はいいかもしれない。だけど将来は違うかもしれないと言うことだと思います。最近,「日本に京都があってよかった」というポスターよく見かけますけれども,それは今,生きてる私達が良かったと思ってるだけで,将来,子供や孫がそういうように思ってくれるかどうかということが大事なんですね。将来を見つめて今を考えていくことが,たぶん観光にとっても必要になってくることかもしれません。そういうことを皆さん方と一緒に考えさせていただきながら,市民中心に観光の新しいスタイルというのができあがってきたらいいなと旅の専門家は思うわけであります。

 どうもご静聴ありがとうございました。

司 会

 どうもありがとうございました。以上をもちまして本日の講演会を終了させていただきます。もう一度高橋さんに盛大な拍手をお願いいたします。ありがとうございました。

(了)

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